名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)285号 判決 1988年8月30日
主文
一 被告は別紙物件目録(編略)記載の不動産につき、昭和62年8月31日相続人不存在を原因として、原告4名に対してそれぞれ6分の1宛の各所有権持分移転登記手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 別紙物件目録記載の不動産(以下「本件宅地」という)は、元亡高野篤子の所有であつた。
2 亡高野篤子は、昭和61年2月21日付公正証書遺言によつて、原告4名に対しそれぞれ本件宅地の持分12分の1(合計3分の1)を遺贈した。
亡高野篤子は昭和61年3月9日死亡し、昭和62年5月30日、前記遺言の執行により原告4名に対し、本件宅地の12分の1宛の所有権一部移転登記がなされた。
3 亡高野篤子には相続人が存在することが明らかでなかつたので、原告大塚正子は名古屋家庭裁判所に対して相続財産管理人の選任申し立てを為し(昭和61年(家)第1767号)、昭和61年5月23日被告がその相続財産管理人に選任された。
4 名古屋家庭裁判所は、相続債権者受遺者に対する請求申出の催告を経て、昭和62年2月24日同年8月31日を催告期間満了日と定めて、相続人の権利主張の公告がなされたが、同期限までに相続人の申し立てはなかつたので、同日亡高野篤子に相続人のないことが確定した。
5 よつて、原告4名は、被告に対し、民法255条後段の規定により、各原告に対し、本件宅地の共有持分各6分の1宛の所有権持分移転登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項は認める。
2 同2項は知らない。
3 同3項は認める。
4 同4項は認める。
5 同5項は争う。
三 被告の主張(原告の不利益陳述)
原告大塚正子は、昭和62年10月6日に名古屋家庭裁判所に対して、亡高野篤子の特別縁故者として、同人の相続財産分与の申立(民法958条の3)をして清算後残存すべき相続財産の請求をしている。(同庁昭和62年(家)第4528号)
四 被告の主張に対する認否及び原告らの反論
被告の主張事実は認める。
しかし、本件では、昭和62年8月31日に亡高野篤子の相続人不存在が確定した時点で、原告4名が、同人の持分を取得している。即ち、民法255条の立法趣旨である私的所有関係に対する国家介入の排除及び共有関係の早期確定に基く法的安定の確保の要請から同法958条の3(特別縁故者への分与)は、同法255条の適用に劣後する。又、論理上も、民法958条の3の分与の審判時において、本件宅地は既に残存相続財産中に含まれていないことが明らかで、同法958条の3の新設(昭和37年法律第40号による民法の一部改正)の際、民法255条の適用につき格別の制限が加えられなかつたことからも被告の主張は理由がない。
第三証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1(本件宅地の亡高野篤子所有)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第1(登記簿謄本)、同第2(公正証書謄本)、同第3(除籍謄本)号証によると、請求原因2(亡高野篤子の公正証書遺言による本件宅地の各12分の1の原告4名への遺贈及び同各所有権一部移転登記)の事実が認められ、請求原因3(被告の相続財産管理人選任)及び同4(亡高野篤子の相続人不存在確定)の各事実は当事者間にいずれも争いがないので、原告らの請求原因事実をすべて認めることができる。
二 被告主張事実(原告大塚正子が、特別縁故者として名古屋家庭裁判所に対し亡高野篤子の相続財産分与請求(同庁昭和62年(家)第4528号)をしていること)は当事者間に争いがない。
原告は、民法255条後段が同法958条の3に優先するから、本件宅地は亡高野篤子の相続財産の対象とならないと主張する。しかし、成立に争いのない甲第8号証の1(家事審判申立書)、同第8号証の2(財産目録)及び弁論の全趣旨によると、原告大塚正子は、亡高野篤子の相続財産として別紙財産目録のとおり本件宅地を含めて家庭裁判所に対して申立をしていることが明らかで、右両条文をめぐる解釈には見解の対立が存するところである。
そこで、民法255条後段と同法958条の3の関係を検討するに、民法958条の3の立法趣旨は、合理的な範囲で推測しうる被相続人の意思を尊重して遺贈ないし死因贈与の制度を補充するところにあると解されるので、相続財産が共有持分権であるとの一事をもつて同法の適用が除外されると解するのは相当でないと解釈される。
したがつて、右解釈によると、家庭裁判所が共有持分を特別縁故者に分与しないことが確定したとき初めて民法255条が適用されると解するのが相当である。
しかし、前掲甲第8号証の1、2並びに弁論の全趣旨によると特別縁故者として家庭裁判所に亡高野篤子の相続財産の分与を求めている者は、原告大塚正子1人であることが認められるから、本件では、同人の選択に従い、最初に本件宅地を民法255条後段の規定により共有持分を移転させても、特別縁故者保護の前記立法趣旨に反するものではなく、家庭裁判所の審判権を阻害する結果を招来するとも考え難い特段の事情が存すると考えられる。
即ち、本件宅地の共有者の1人のみが特別縁故者の申立をしている場合、将来右特別縁故者に対する相続財産分与が否定されれば、民法255条後段により同人を含む他の共有者ら(原告ら)に対し本件宅地の共有持分が移転する結果となるし、これと異なり相続財産(本件宅地共有持分を含む)の全部を特別縁故者に分与すべき事案であると家庭裁判所が判断しても、本件宅地の亡高野篤子の共有持分の全部を授与されるべき特別縁故者である原告大塚正子が民法255条後段の規定に従つて本件訴訟の他の原告らと共に共有持分の移転登記を既に終了していれば、家庭裁判所はそのことを考慮して相続財産分与を定めれば足りると解されるからである。(なお亡高野篤子の相続債務清算の問題が考えられるが、前掲甲第8号証の1、2並びに弁論の全趣旨によると本件では、原告大塚正子の立替金債権が存するに止まるからこの点も格別問題が生じるとは考えられない。)
したがつて、原告主張の法的見解は一般的立論としてはにわかに賛成し難いが、本件事案の内容、亡高野篤子の遺産、相続財産債権者、前示原告大塚正子の立場等を総合考慮すると、民法255条を同法958条の3の規定に優先して適用することが法律関係の簡明化に寄与し、委当な結果を招来するものと判断しうる。
三 よつて、原告4名の被告に対する請求は結局いずれも理由があることに帰するからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。